STUDENT DECISION RECORDS
STUDENT DECISION RECORDS
ReWrite Career が出会った学生の「意思決定」を記録するメディアです。
岩手県生まれ、東京都世田谷区育ち。筑波大学人間学群教育学類に通う学生。
筑波大学学園祭実行委員会の委員長を務めている。幼少期は人見知りだったが、家族のもとでのびのびと育つ。
小中学校では学業成績も優秀で、自他共に認める「しっかり者キャラ」として部活動(吹奏楽部)を牽引してきた。
高校3年生の受験の天王山には、あえて演劇運営の代表として裏方に回り、仲間の努力を形にすることにやりがいを覚えた経験を持つ。
大学では「ひとりひとりが輝ける」温かい学園祭として、第52回筑波大学学園祭「雙峰祭」を創り上げるため、委員長としての責任を全うすべく奮闘している。


幼少期は知らない大人がいると母親の後ろに隠れてしまうほどの人見知りだった彼女。
しかし、小中学校では「勉強が楽しい」というポジティブな連鎖から成績は好調で、気付けば周囲から頼られる「優等生・しっかり者」のポジションを確立していた。
高校3年生の夏、受験の天王山と呼ばれる重要な時期に、彼女が選んだのは「文化祭演劇の裏方運営代表」という過酷な道だった。
そこで知った「仲間の頑張りを形にして届ける喜び」が、大学での「学園祭実行会の委員長」という途方もない挑戦へと彼女を駆り立てている。
彼女が委員長として成し遂げたいのは、明確な数字や目立つ成果ではなく、「関わった全員が『楽しかった』『実委に入ってよかった』と心から思える環境を創ること」だ。
それぞれの部局に所属する委員が持つ力を最大限に発揮できるよう、強固な土台作りに徹し、委員全員が輝ける舞台を用意すること。
その結果として、来場者にも最高の体験が届けられると信じている。

彼女が委員長という重責を選ばざるを得なかったのは、大学1年時の学園祭当日に目撃した「仲間の姿」が忘れられなかったからだ。
自身の所属していたステージ管理局だけでなく、会場内の見回りや案内所での対応など、大学中の至る所で奔走する委員たちの姿に深く感動した。
「自分の局だけではなく、この学園祭を支えるすべての人たちを支えたい」。その思いを実現するためには、全体を統括する委員長というポジションが合っていると考えた。
彼女の「仲間を裏から支え、場を創る」ことへの執着は、高校3年生の文化祭での原体験に直結している。
受験勉強と並行しながら、演劇団体の運営代表として衣装担当や道具担当、演者たちの努力を「どうにかして来場者に届けたい」と奔走した。
自分自身が表舞台で目立つのではなく、仲間が輝くための土台を作り、それがアンコール上映や観客の評価として形になった時の喜びが、現在の「全員が輝ける学園祭を創る」という理念の根幹となっている。

彼女の中で委員長になる覚悟が完全に定まったのは、1年時の11月に当時の委員長と直接対話をした時だ。
「『自分の局(ステージ管理局)のために』という気持ちが強いのか、それとも『実委全体のために』という思いがあるのか」。
先輩から投げかけられた言葉を受けて、彼女は「実委全体を支えたい」という思いを実現するために委員長選挙に立候補する決意を固めた。

彼女の意思決定と行動のすべてを貫く軸は、「仲間のため、そして自分が所属するコミュニティのためになるか」である。
委員長という役職を単なる肩書きではなく、「委員を守る存在」として捉え、仲間のために時間を使うことを大切にしている。
いま彼女が直面している最大の壁は、「誰一人取り残さない」という理想を実現する難しさだ。
500人以上の委員がいる組織だからこそある様々な思いを取りいれていくことはよりよい学園祭の実現につながる。
具体的な解決策が見えない中で、いかにして委員の意見に耳を傾け、組織を一つにまとめていくか。その難しさに、真正面から向き合いながらもがき続けている。
すべての活動をやり遂げた学園祭の終わりに、彼女が一番恩を返したい相手は、「どんなときでも自分を気にかけ、支え、応援してくれた先輩や仲間たち」だ。
彼らに対して、「最高の52回雙峰祭」という形で最大の感謝と恩返しをしたいと強く願っている。
みんなに「楽しかった」と思ってもらえたら本望である。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ReWrite Career では、記事に登場する学生をはじめ、本気で挑む学生との出会いをつくっています。企業の方はお気軽にご相談ください。