STUDENT DECISION RECORDS
STUDENT DECISION RECORDS
ReWrite Career が出会った学生の「意思決定」を記録するメディアです。
法政大学3年、アメリカ生まれ・香港育ち。
現在、ダンスサークル「HSD」の代表として組織の運営と熱量向上に挑戦中。
幼少期は香港で活発に育ち、小学時代は水泳やバスケ、ダンスで1位を目指す負けず嫌いな性格だった。
しかし、中学時代に進学した香港の超エリート校では、ネイティブレベルの英語を話す同級生たちの中で数学で赤点を取り、強烈な挫折を経験。
さらに単身で渡った日本の強豪高校ダンス部でも、オーディションで落選する悔しさを味わった。
これらの「圧倒的な壁の前で這い上がる原体験」から、現在は「周囲が誇れる居場所づくり」という課題に向き合っている。

周囲のメンバーがジャンルリーダーとして自身のダンススキルを磨く道を選ぶ中、彼女はサークル全体を統括する「代表」を選んだ。
その背景にあったのは、同期が少なく、かつてあった法政大学内3サークル合同イベントも消滅していく中で抱いた「この大好きな居場所がなくなってしまうかもしれない」という危機感だった。
「自分はただプレイヤーとして踊って楽しむだけでいいのか?」その問いから逃げなかった結果が、今の泥臭い挑戦につながっている。
華やかなステージの裏で、彼女が孤独と責任を背負いながら汗を流す理由に迫る。
今、彼女が成し遂げたいのは、所属するダンスサークル「HSD」を、メンバー全員がHSDであることを心の底から誇りを持てる組織にすることだ。
周囲がプレイヤーとして個人の技術向上に時間を割く中、彼女はあえて組織全体の熱量を底上げする道を選んでいる。
外部のプロダンサーを招致するワークショップを月に1〜2回の頻度で開催し、サークル員のモチベーションと実力を引き上げるための環境作りに奔走している。

なぜ、純粋に自分のダンスだけを楽しむ選択肢ではなく、全体を背負う道に向かったのか。
それは、彼女の代は同期が少なく、資金面などの理由で以前は存在した法政大学内他サークルとの合同交流イベントが消滅してしまったからだ。
1年生の時に19代目の先輩たちが作ってくれた「心から楽しいと思えるHSD」の環境が、このままでは途絶えてしまう。
自分が引き受けなければ、後輩たちに同じ景色を見せられないという強烈な責任感が、彼女を突き動かした。
彼女の意思決定の背景には、「上には上がいる」という挫折と「一番の場所で踊りたい」という強烈な劣等感と憧れがある。
香港のトップ10に入る進学校に進んだ中学時代、周囲がネイティブレベルで英語を操る中、彼女は数学で赤点を取り、初めて挫折を経験した。
さらに、単身で日本に渡り入学した中京大中京高校の強豪ダンス部では、2年生の時に少人数選抜(スモール)のオーディションに落選。
圧倒的な実力を持つ同期たちが輝くステージを横目に、自分がそこに立てない悔しさを噛み締めた。
この「うまい奴らと、最高のステージで一緒に踊りたい」という強い渇望が、彼女をただの参加者ではなく、環境を自ら創り出す者へと変えていった。


本当は自分が一番やりたい「ロックダンス」のジャンルリーダーになるか、全体を統括する代表になるか。
迷っていた彼女の腹が括られたのは、憧れだった先輩たちから「お前しかいないだろ」「お前に任せるよ」と背中を押された瞬間だった。
自分が一番影響を受けた人たちからの信頼が、“なんとなくどうにかしたい”を“これを本気でやる”に変えた転機となった。

その選択の裏で、彼女は「同郷の友人たちと過ごす心安らぐ時間」と「プレイヤーとしての余白」を完全に手放した。
上京してきた地元の友人たちが定期的に集まり、息抜きをする休日。
彼女はその誘いを断り続け、自分だけのために踊る純粋な時間さえも削り、サークルの運営や他団体との折衝に全ての時間を捧げている。孤独と引き換えにしてでも、彼女は組織を守ることを選んだのだ。
彼女の意思決定の軸は、「HSDのためになるか」である。
自分の感情やプライベートな時間を優先したくなる瞬間や、心身ともに疲弊してしんどい時であっても、代表としての責任を第一に考え、サークル全体が良くなる選択を常に取り続けている。
「迷った時でも、自分がやった方が後々絶対に後悔しないし、みんなが楽しめるという目標が現実になればその喜びも絶対にある」という強い思いが、彼女のすべての時間の使い方と行動の基準となっている。
現在、彼女は「代表としての重圧」と「いちプレイヤーとしての感情」の間で壁にぶつかっている。
組織の顔として振る舞い、周囲のために動く仕事に追われる一方で、自分自身のダンススキルを磨く時間が取れない。
周りがどんどん上手くなっていく中で、「自分はここで立ち止まっていていいのか」という焦りに苛まれ、キャパシティの限界で実家に帰省することもあった。
それでも一番の味方である親からの強い応援を胸に立ち直り、現在は法政大学・HSDを背負ってオールジャパン規模のクルーバトルで勝ち上がるという高い壁に挑もうとしている。

彼女の成功の定義は明確だ。
引退するその時、HSDのメンバーたちから「彼女が作ったHSDで心から楽しめた」「ダンサーとして仲良くなれてよかった」と言われること。
自分を導いてくれた先輩たちへの最大の恩返しは、後輩たちに最高の居場所を残し、笑顔でサークルを去ることなのだ。

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