STUDENT DECISION RECORDS
STUDENT DECISION RECORDS
ReWrite Career が出会った学生の「意思決定」を記録するメディアです。
栃木県出身、春日部高校を経て、現在は慶應義塾大学法学部3年生。
学生団体KIVOの代表として組織を率いている。小さい頃からただ流される側で終わりたくない感覚を持ち、人前に出ること、筋を通し、仲間と何かを成し遂げて名前を残すことに強いこだわりを持ってきた。
高校時代は文化祭実行委員会に3年間所属し、最終的には過去最高の来場者数を更新する文化祭の成功を経験している。

彼の強さは、勢いだけで前に出ることじゃない。昔から積み上がってきた違和感や悔しさを、ちゃんと結果に変えてきたことにある。
小学生の頃は“モブ”のような感覚もあった。高校では知り合いのいない環境に飛び込み、自分から居場所をつくらなければ埋もれると知った。その中で文化祭実行委員会に出会い、過去の資料を誰よりも読み込み、先輩たちが築いてきた熱量を自分たちの代で更新し、過去最高の来場者数という結果をつかんだ。
この「昔良かったものを、今の時代に自分の手で超える」という成功体験が、今のKIVO代表としての彼を支えている。
彼が学生時代に成したいのは、KIVOをただ存続させることじゃない。今あるものを、次の段階までぶち上げることだ。
日本国内での活動の広がりをつくること、インターナショナルスクールとの接点を増やすこと、ネパールの子どもたちを日本に連れてくるような、これまで先輩たちが届き切れなかった挑戦を自分たちの代で形にしたいと思っている。
ただ新しいことをやるだけではなく、過去を超える更新を起こすこと。それが彼の学生生活の中心にある。

彼がこの道を選んだ理由は、KIVOの仲間の熱量に本気で可能性を感じたこと、そしてその一方で、長く続く団体だからこそ活動の中にある目的の薄まりや一貫性の弱さに強い危機感を持ったことにある。
高校時代の文化祭でも彼は、ただイベントが回ればいいとは思っていなかった。先輩たちの残した資料を徹底的に読み、過去のピークをどう超えるかを本気で考え、準備し、実際に超えてみせた。
その成功体験があるからこそ、今のKIVOでも「なんとなく続いている状態」では納得できない。正しいことを、正しくやり切る組織にしたい。その思いが、彼を代表の立場へ向かわせた。

彼の原点には、まず“モブで終わりたくない”という感覚がある。小学校3年生くらいまでは、自分のことを名前のない存在のように感じていた。でも4年生の頃から、人前で漫才をしたり、前に出る経験を通して、自分の存在に輪郭がつく感覚を覚えるようになる。中学時代も、敢えて学校で一番厳しいテニス部を選び、改善に改善を重ね自身のできることを積み上げ顧問からもその努力と成長する姿を認められるほどだった。その感覚が、後の「埋もれずにいたい」「特別を取りにいきたい」という気持ちにつながっていった。
さらに大きかったのは、高校進学だった。知り合いが誰もいない春日部高校に入り、自分からコミュニティをつくらなければ本当に一人になるという現実を突きつけられる。その中で出会った文化祭実行委員会は、彼にとってただの所属先じゃなかった。熱量の高い人たちが集まり、全員で一つの景色をつくろうとしているその空気に強く惹かれた。ここで彼は、本気で準備した分だけ、大きな景色を見られることを学んだ。
そして父から教わってきた「飽きても最後はやり切れ」「筋を通せ」という価値観も、彼の背骨になっている。途中で熱が冷めても、最後までやるべきことはやれ。この教えがあるからこそ、彼の熱量は一過性で終わらない。文化祭でも、KIVOでも、最後まで形にすることに異常なくらいこだわるのは、この価値観が深く入っているからだ。

彼の覚悟が代表という形ではっきり固まったのは、2年生のネパール渡航中だった。ホテルの夜、同期全員で本音をぶつけ合う中で、みんなが課題感を持って本気でこの活動に向き合っていることを知る。その瞬間に「これは俺がやらないといけない」と腹が決まった。
ただ、この覚悟の土台には明らかに文化祭の経験がある。高校時代に、全員で同じ景色を目指し、徹底的に準備し、過去最高の結果を出したからこそ、本気の集団が本当に景色を変えることを彼は知っている。だからネパールでも、KIVOでも、仲間の熱量を見た時に逃げなかった。成功するかどうかより、本気でやる集団を代表として背負う意味を、すでに彼は身体で知っていた。
彼が捨てたのは、大学生活の中で守りに入る時間だ。
睡眠時間、プライベート、恋愛、そういった“普通に大事とされるもの”の優先順位を下げてでも、団体に時間を振り切っている。
幹部ミーティングや資料作成に夜遅くまで向き合い、今まで丁寧に送ってきた大学生活すら犠牲にする判断も取っている。しかし、それは雑に生きているからじゃない。高校の文化祭で、一年をかけて本気で準備した先にしか見えない景色があることを知ったからだ。中途半端では超えられないものがあると知ってしまった人間だからこそ、今も簡単に妥協しない。

「どれだけ多くの人に影響を与えられるか。」
彼の意思決定の軸はかなり明確だ。自分一人の都合より、ネパールの社会、学生団体の仲間、周囲の人たちに与えるインパクトの大きさを優先する。
もうひとつは、「人と同じではない、自分ならではの意味のある環境かどうか。」
埋もれる側ではなく、自分の名前で何かを残せる場所を選ぶ。この二つがあるから、彼の判断はいつも安全策より挑戦寄りになる。
今の彼の挑戦は、長い団体に置きがちな形骸化を断ち破ることだ。
例えば、フリーマーケットのようなイベントが、いつの間にか「売ること」自体を目的にしてしまっている現状を見直し、本来の目的である認知拡大や支援の意味に立ち返らせようとしている。また、ニーズ調査も、調査して終わりではなく、ちゃんと企画や支援内容に反映させるところまで徹底したいと考えている。
つまり彼が向き合っているのは、表面的な運営改善ではない。活動の背骨そのものを立て直すことだ。

彼が返したい相手として強く置いているのは、まず父だ。
自分がここまでやってきたことを見て、「お前すごいことやってるな」と言ってもらえるような結果を出したいと思っている。それは単なる承認欲求じゃない。自分が教わってきた価値観を、ちゃんと結果として返したいという感覚に近い。
さらに、自分を知らない第三者から見ても「すごいことをやっている」と伝わるような、社会的に意味のある実績も残したいと考えている。
身内だけに通じる頑張りではなく、外から見ても価値のある挑戦にしたいという意識が強い。
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