STUDENT DECISION RECORDS
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ReWrite Career が出会った学生の「意思決定」を記録するメディアです。
兵庫県揖保郡太子町出身。
中学受験を経て岡山白陵中学校・高等学校へ進学し、昭和気質で非常に厳格な柔道部で精神力を鍛えられるが、心身の限界を超える過酷な指導環境を機に高校で退部。
高校卒業後は「東京の大学でトップになり、思う存分遊びたい」という思いから早稲田大学を目指すも、2年目にメンタルを崩し受験を断念するなど、過酷な3年間の浪人生活(3浪)を経験。
見事早稲田大学人間科学部に合格した現在は、所沢祭文化祭実行委員の副代表をはじめ、バドミントンやサッカーなど5つのサークルを掛け持ちし、携帯販売の長期インターンでもトップ営業を目指すなど、圧倒的なバイタリティで学生生活を謳歌している。

彼がいま所沢祭の副代表として成し遂げたいのは、「過去にない歴史的な祭り(所沢祭)を創ること」だ。
その第一歩として、休みなく勧誘活動に奔走した結果、昨年を100人以上も上回る327人の新入生を入会させるという驚異的な記録を叩き出した。 自らが集めた新入生や既存のメンバーたちが、全力で楽しめる最高の居場所を創り上げていきたいと考えている。

彼が3年間の浪人を経てでも早稲田大学にこだわったのは、「東京の1番いい大学に行って、思う存分チャレンジしたかったから」である。
慶應義塾大学という選択肢もあったが、先生から聞いた「慶應はスマートでクール、早稲田は泥臭く全力」というイメージが彼の背中を押した。
自分はスマートにカッコよく生きる人間ではなく、泥臭いことを全力でやりたい人間だと悟り、早稲田への進学を固く決意した。


彼の「何にでも挑戦し、トップを目指す(上昇志向)」ルーツは、小学校時代にある。
体型に悩まされた彼だが、高学年で体型が変わり、中学受験の塾に通い始めて勉強で余裕ができると、リレーの選手やクラスのリーダーを任されるようになった。
この「やれば上にいける」という成功体験が、今の何事にも「やってみたい」と飛び込むスタンスを形成している。
また、中学の昭和的な過酷な柔道部で「背中だけは絶対につけない」と耐え抜き、先生に褒められた経験も、彼の泥臭い粘り強さを象徴している。

彼の人生で最も過酷な試練であり、覚悟が試されたのは「2年目の浪人生活の崩壊から立ち直った時」である。
東京の予備校に通い寮生活をしていた2浪目、孤独と受験への不安から精神的におかしくなり、11月頃には勉強が手につかず、本番の受験すらできないまま終わってしまった。
翌春、親から「就職か、もう1年やるか選べ」と迫られた際、
「これだけ頑張って就職するのは無理だ」
と踏みとどまり、背水の陣で3浪目に突入。結果的に調子を取り戻し、念願の早稲田合格を勝ち取るに至った。
彼の意思決定の絶対的な軸は、「自分がワクワクできるか、そしてどれだけ成長できるか」である。
それを成し遂げた後に自分はどうなっているのかを想像し、ワクワクする方へ常に飛び込んでいる。
サークルの企画長や副代表といった激務を自ら引き受けてしまうのも、この「やってみたい」という強い探求心が抑えきれないからだ。

現在直面している所沢祭での壁は、「7つある局同士の人間関係の壁を壊すこと」である。
現在、所沢祭の各局は独立したサークルのような状態になっており、他局のイベントに参加しようとしても「自分たちだけで楽しみたいから」と拒まれてしまうことがある。
顔が広く、多数のサークルを掛け持ちする彼だからこそ、組織のハブとなってこの縦割りの壁を壊し、所沢祭全体を一つにまとめることに挑戦している。
すべての活動をやり遂げた時、彼が一番言葉を交わし、評価されたい相手は「自分が新歓で入れてきた1年生や2年生の後輩たち」だ。
かつて自分が所沢祭の先輩たちに憧れ、「この人は強い、かっこいい」と思ったように、今度は自分が後輩たちから「かっこいい」と思われる存在になりたいと願っている。
ただし、決して雲の上の存在になるのではなく、同じ目線で寄り添いながら、一緒に成長していける先輩としての背中を見せるつもりだ。
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