STUDENT DECISION RECORDS
STUDENT DECISION RECORDS
ReWrite Career が出会った学生の「意思決定」を記録するメディアです。
東京都世田谷区出身。
幼少期から元気で、自他共に認める「仕切りたがり」な性格。
小学時代には運動会の騎馬戦大将を務めるなど、人前に立つことを楽しんでいた。体の硬さからバレエを辞め、ストリートダンス教室に通い始めたことがダンスとの出会いとなる。
中学2・3年生の時期は父親の転勤でアメリカのオハイオ州へ移住。英語が堪能でない中「喋れないけどよろしく」と自らフレンドリーに歩み寄り、現地の学校で多くの友人を作った。
帰国後は書類選考で桐蔭学園高等学校へ進学。
勉強は苦手だったが、高1の最初のテストで好成績を収めたことを機にスイッチが入り、猛勉強の末に立教大学観光学部(新座キャンパス)へ合格。
高校時代もダンス同好会で副部長を務めた経験を持つ。
現在は立教大学のダンスサークル「JG」に所属し、ガールズのジャンルリーダー(ジャンリ)として、過去最多人数のメンバーと共に歴代最高の作品作りに限界突破で挑んでいる。


彼女がいま成し遂げたいことは、JGのガールズジャンルリーダーとして「引退公演で全員から『歴代でも一番記憶に残る作品だった』と思ってもらえるような、最高の作品を作ること」である。
自身がメインで担当した前回のイベントで、過去最多の64人という大所帯をまとめ上げ、「過去最高だった」と称賛された。しかし彼女はそれに満足せず、自身の引退を飾る次のステージでは、その限界をさらに超えた景色を見ることを目標に掲げている。

彼女が大学でJGにのめり込んだ背景には、「ただダンスに触れる機会が欲しかった」という初期の動機から、JGが「自分らしくいられる第二の家族」へと変化したことがある。
アメリカ移住中はダンススクールに通えず一人で踊り、高校時代も同好会として活動していた彼女にとって、ダンスが好きという共通点だけで様々なバックグラウンドを持つ仲間が集まるJGは、大学生活におけるかけがえのない居場所になったのである。
常に前向きに挑戦し続ける彼女のスタンスは、これまでの学生生活で培われた「仕切りたがり」と「チャンスを掴む力」にルーツがある。
小学生の運動会の騎馬戦大将、高校での副部長や学級委員、スピーチコンテストなど、機会があれば何にでも積極的に手を挙げてきた。
アメリカの現地校でも、言葉の壁を恐れず自分から歩み寄って友人を増やした。
この「とりあえずやってみる、飛び込んでみる」という原体験が、現在ジャンルリーダーとして多くのメンバーを牽引する強固なリーダーシップと深く共鳴している。

彼女がジャンルリーダーになる覚悟を決めたのは、作品作りや人前に出ることが好きだったことに加え、「学生のうちに自分の限界に挑戦したい」と強く思ったからである。
高校時代までは校則や調査書のためといった制限や目的があったが、大学という自由な環境、そして大好きなJGの中で、「自分がどこまでできるのか」を試したかったという。
周囲からも「瑚子がやるだろう」と思われていた中で、自然な流れで自らその責任ある立場を引き受ける覚悟が定まったのである。

ジャンルリーダーとして様々な選択を迫られる際、彼女が最も大切にしている軸は「今、自分が一番やりたいと思うことに直感で全力で取り組むこと」である。
卒業後の具体的なキャリアイメージがまだ固まっていないからこそ、先のことを考えすぎて立ち止まるのではなく、引退までの残り少ない限られた時間の中で、この瞬間に必要だと信じたことにすべての熱量を注ぎ込むという潔い決断を貫いている。

現在の彼女の課題であり挑戦は、「限られた時間の中でのタイムマネジメントとチームの意思統一」である。
次回の引退公演は前回よりも練習期間が短く、さらに就職活動などでメンバーがJGに割ける時間も少なくなってくる。
その厳しい状況の中で、隙間時間を有効活用しながら、いかにして大所帯のメンバーの思いを一つにし、最高の作品へと昇華させていくかという壁に真正面から向き合っている。
引退公演のステージを終えた後、彼女が一番言葉を交わしたいのは「JGの先輩、同期、後輩すべての人たち」である。
全員から「最高のジャンリだった」と言ってもらうこと。
ただ作品のクオリティが高いだけでなく、学年や経験に関係なくみんなの居場所となるような温かいジャンルを作れたことへの肯定が、彼女がJGにすべてを懸け、限界突破し続けたことへの最高の見返りなのである。

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