STUDENT DECISION RECORDS
INTERVIEW & TEXT
和泉 圭佑
STUDENT DECISION RECORDS
ReWrite Career が出会った学生の「意思決定」を記録するメディアです。
福岡県北九州市出身。
幼少期は引っ込み思案な面と目立ちたがりな面が混在しており、小学時代には国語の教材劇で主役(くじらぐも役)を務めた。
野球と水泳、塾通いに明け暮れ、中学受験を経て合格するも地元の公立中学へ進学。中学時代は勉強で上位をキープしつつ野球に打ち込む文武両道な一面があったが、進学校である小倉高校では周囲のレベルの高さに圧倒され、現実を思い知らされる。
高校時代は野球部の厳しい環境下で朝6時から勉強するなど文武両道に必死に食らいつき、浪人生活を経て「ビジネスの中心」東京への憧れから早稲田大学を目指すも、最終的に同志社大学へ進学。
入学直後にノリで参加した海外ボランティアで「現地の人々の笑顔」に触れて涙し、「人間の心を取り戻した」と語るほどの感動を覚える。
現在は約180名が所属するボランティアサークル「同志社ハビタット」の代表として、メンバー全員が参加しやすい環境作りに奔走している。


彼がいま成し遂げたいことは、同志社ハビタットの代表として「誰でもボランティアに参加できる状況を常に作っておくこと」である。
現在所属している約180〜200人のメンバーに対し、ハードルの低いボランティアの機会を幅広く提供し、より多くのメンバーに活動を通じた良い経験を積んでほしいと強く願っている。

彼がサークル内でその目標を選ばざるを得なかった背景には、既存のメイン活動の「ハードルの高さ」に対する課題感がある。
同志社ハビタットの2大ボランティア(海外での家作り、広島での地域起こし)は、時間も費用もかかり、参加枠も合計60名程度と限られている。
アクティブなメンバーをもっと増やし、組織全体を活性化させるためには、一部のメンバーだけでなく全員が気軽に参加できる受け皿を作ることが急務だと感じたためである。
彼が他者のための活動にこれほど熱中できるルーツは、大学1年の時に参加した海外ボランティアでの強烈な原体験にある。
当初は「友達が欲しい」という軽い気持ちで参加し、周囲から「感情がないロボット」と呼ばれるほどドライな性格だったが、自分たちが建てた家を見て喜ぶ現地の人々の笑顔を見た瞬間、自然と涙が溢れた。
「自分にも、人のために動いて喜べる心があった」。
この時に彼自身が味わった「人間の心を取り戻す」ような深い感動が、他のメンバーにも同じ経験をしてほしいという現在の強い利他精神と共鳴している。

代表として組織を率いる覚悟が定まったのは、前役職である「外交官(全国の学生支部を繋ぐポジション)」としての経験を経た時である。
他大学のハビタット支部と交流する中で、様々な運営状況を客観的に比較し、自団体の強みや改善すべき点が見えてきた。
他団体から「いい活動をしているね」と賞賛される喜びと、自団体をさらに良くしたいという思いが重なり、自ら手を挙げて代表の座に就く覚悟を決めたのである。

案件の採否や組織の方向性を決める際、彼が最も大切にしている軸は「団体理念に合致するかどうか」という絶対的な基準である。
その大前提をクリアした上で、「自分自身がワクワクするかどうか」という個人的な情熱も重視している。
この2つの軸を掛け合わせることで、単なる義務感ではなく、前向きなエネルギーを持って活動を推進することをルールとしている。
現在の彼の最大の挑戦は、「自分の熱量と他のメンバーの熱量とのギャップ」を埋めることである。
代表として外部から新しいボランティア案件を積極的に取ってきても、現場のメンバーからは「それをこなすのはきつい」「今のままでいいのではないか」と保守的な反応が返ってくることも多い。
全員のモチベーションを高め、組織全体を同じ方向へ導くためのマネジメントと工夫に日々頭を悩ませながら向き合っている。

12月の大晦日に引退を迎えるその時、彼が一番言葉を交わしたいのは「次期を担う後輩メンバーたち」である。
自分が情熱を持って取り組んできたボランティアへの思いや組織の理念に対し、「その思いを継いで、自分たちもやっていきます」という前向きで共感に満ちた言葉をもらうこと。
それこそが、彼が代表として奔走してきた何よりの証であり、最高の喜びなのである。
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