STUDENT DECISION RECORDS
INTERVIEW & TEXT
和泉 圭佑
STUDENT DECISION RECORDS
ReWrite Career が出会った学生の「意思決定」を記録するメディアです。
東京都出身。
幼稚園の頃から主役を譲らないほどの目立ちたがり屋で、年中からダンスを、小学生からロックダンスを始める。土日も夜9時まで続く厳しいスクールで技術と礼儀を叩き込まれた。
中学ではダンスから離れ、スカウトをきっかけに陸上部で高跳び(背面跳び)に6年間打ち込み、都大会出場レベル(140cm台)まで成長。同時に生徒会会計も務めるなど、持ち前の責任感と「やり切る力」で優等生としての評価を確立した。
高校1年時に身内の他界を経験し、「これ以上辛いことはない」という前向きで強靭なマインドを手に入れる。
立教大学映像身体学科へ進学後、強豪ダンスサークル「D-mc」と「JG」の両方に所属。現在は双方でジャンルリーダーを務め、JDCでの優勝経験も持つ実力派ダンサーとして活躍している。


彼女がいま成し遂げたいことは、所属する「D-mc」と「JG」の両サークルにおいてジャンルリーダーとしての責務を全うし、引退公演を無事に、そして最高の形で成功させることである。
JGでは大所帯(約63名)を率いて大トリを飾るという高い目標を掲げ、D-mcでも重圧の中で作品のクオリティを死守すべく、限界ギリギリの“二刀流”で大学生活の集大成へと走り続けている。

彼女が二つのサークルを掛け持ちし、さらに双方でリーダーを担うという過酷な道を選んだ背景には、「目の前の機会を逃さず、すべてをやり切る」という彼女の強烈な行動原理がある。
大学入学時、「強い環境で踊りたい」とD-mcを選びつつ、「大学での居場所も作りたい」とJGにも入会した。
周囲からは「どちらか一方に偏るのでは」と思われがちだが、彼女は決してどちらも妥協せず、期待されれば必ずそれ以上の結果で応えるというスタンスを貫いてきたからこそ、両組織からリーダーとして必要とされる存在になったのである。
「与えられた役割から逃げず、期待以上の成果を出す」という彼女のスタンスは、中高時代の経験に深く根付いている。
ダンス部がないからと陸上部に入り、未経験から高跳びを始めて都大会まで進出した。
さらに、先輩に無理やり名前を書かれて始めた生徒会活動でも、持ち前の責任感で会計を全うし、気付けば文武両道の「優等生」としての地位を確立していた。
この「流れに身を任せつつも、やると決めたら徹底的にやり抜く力」が、現在の過酷な二刀流生活とリーダーシップに強く共鳴している。

彼女の人生観と覚悟が決定的に定まったのは、高校1年生の時に父親を亡くしたという壮絶な経験である。
人生で最も辛い別れを乗り越えた彼女は、「この先、これ以上に辛いことなんて絶対にない」という、究極のポジティブさと精神的なタフさを手に入れた。
だからこそ、どんなに練習がハードでも、どれだけ重圧がのしかかろうとも、彼女は決して折れることなく、笑顔で目の前の壁を越えていくことができるのである。
リーダーとして意思決定をする際、彼女が最も大切にしている軸は「みんなが『この人についていきたい』と思える背中を見せ続けること」である。
コレオグラファー(振付師)は偉いわけではなく、踊ってくれるメンバーがいるからこそ作品が成り立つ。
だからこそ、誰よりも練習し、誰よりもクオリティにこだわり、歴代の先輩たちが築き上げてきたブランドと後輩たちの期待を絶対に裏切らないという信念を持ってチームを率いている。

現在の彼女の課題であり挑戦は、「自分の練習時間を確保しながら、二つのサークルの圧倒的なクオリティを維持し、後輩たちを満足させること」である。
ブランクから復帰し、周囲のレベルの高さに圧倒されながらも必死に這い上がってきた彼女だが、リーダーとなった今は「自分の作品で本当にみんなが納得しているのか」というプレッシャーと常に戦いながら、深夜練習を重ねて作品の質を極限まで高めようともがき続けている。

引退公演のステージを終えた後、彼女が一番言葉を交わしたいのは、一番近くで自分を支え、そして一番厳しい評価者である「母親」である。
JDCで全国優勝した時でさえ「去年の作品の方が好きだった」と辛口の評価を下した母から、心からの「今回が一番良かった、最高だった」という言葉を引き出すこと。
女手一つで自分たち兄弟を育て、応援し続けてくれた母へ、最高のダンスで恩返しをすることこそが、彼女が青春のすべてを懸けた最高の見返りなのである。
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